国連・人権勧告の実現を! 第38回学習会
「差別されない権利―差別が禁止される社会づくりに向けて」
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1.はじめに
主催団体の「国連・人権差別の実現を!実行委員会」は、2013年に発足しました。取り組んでも国内で改善されない差別・人権問題について、市民は、国連に働きかけ、訴えをしてきました。当時の安倍政権は、国連から日本政府に出された改善を求める「勧告」に対し、「法的拘束はない」と閣議決定をしたのです。それに対して怒り、危機感を持った団体や個人が集まって、共に活動を展開するため「実行委員会」をつくりました。
発足以来、毎年12月の「世界人権デー」前後には、集会やパレードを行い、随時、多様な人権のテーマで学習会を重ねてきました。昨年12月、発足10年目となる集会では、「包括的差別禁止法をつくろう!」というテーマで行いました。
その中で、被差別部落の地名を暴露する書籍出版の差し止め訴訟で、日本の裁判史上初めて「差別されない権利」が認められたこと、それは弁護団・原告の努力の結果であることが報告されました。
今回の第38回の学習会では、その裁判の弁護団メンバーとして、控訴審で素晴らしい判決を引き出した河村健夫弁護士を講師に迎え、2024年4月24日、東京ボランティアセンターで、「差別されない権利-差別が禁止される社会づくりに向けて」と題し、学習会を行いました。
2.『全国部落調査』などの出版差し止めを提訴
部落差別(同和問題)は、日本社会の歴史的過程で作られた身分に由来する不合理な偏見、基本的人権侵害の重大な人権問題です。 「同和対策事業特別措置法」等により、住居、道路、下水道などの 生活環境、実体的差別はかなり改善されました。しかし、偏見により結婚させない、就職させないなど、心理的差別は、根深く残っています。各自治体で5年に1度、アンケート調査を行っていますが、出身地、身元調査による、結婚差別については、現在20%残っています。
差別に利用される『復刻版 全国部落調査』と『部落解放同盟関係人物一覧』の2つを対象に、出版の禁止(差し止め)、インターネット上での情報バラマキの禁止(差し止め)、第2次利用(出版や映像化)の禁止を求めて、2016年に240余名が原告となり提訴しました。
復刻版では、原典の『部落地名総覧』の手書きだった住所をデジタル化して加え、検索を容易に出来るようにし、今の住所で部落名がわかるようになっていました。
3.東京地方裁判所の判決
差し止め及び二次利用の禁止は、認められました。
原告が求めた権利の内容は、①プライバシ-権の侵害、②名誉権の侵害、③差別されない権利の侵害です。地裁が認めたのは、①と②のみでした。
地裁が想定するプライバシ-権は、きわめて狭いものです。現在、「プライバシ-権は、「誤情報を訂正する権利」や「自己の情報をコントロールする権利」を含むと考えられています。
地裁は、「カミングアウト」と「アウティング」の違いにも、鈍感です。「カミングアウト」は、自分の秘密を、打ち明けたい相手に自ら話すことで、自己の情報コントロール権です。「アウティング」は、当事者の秘密を本人の同意なく暴露(晒す)ことです。地裁判決は、被差別部落に住所本籍を置いていることを広く知られている原告には、プライバシー権の侵害がないと判断したのです。その情報を載せることを承諾した原告は、一人もいないにも関わらず。
また、差し止めの範囲は、地名が掲載された41都府県のうち、25都府県に限定されました。
損害賠償も一人110万円を求めていましたが、5500円~4万4000円でした。人生を左右されている被害であるにもかかわらず、それは、クレジットカードの顧客情報の漏洩のケースの標準額でした。
4.控訴審で力を入れた点
・改めて、「部落差別」の実状、特に身元調査について、裁判所に理解をさせること。
・差し止めが認められなかった都府県での、「被害」の立証をすること。
・「差別されない権利」の重要性について再確認すること。
・情報コントロール権について、「法解釈の常識」であることを強調する。
5.東京高等裁判所の判決
1)判決の論理構成の流れ
控訴審の判決は、第一審提訴から7年を経て、2023年6月28日に出され、原告の主張を大幅に認める画期的なものでした。
判決の構成の流れは、以下のようです。
・部落差別の実状について、同和3法、部落差別解消推進法の制定過程や意識調査を分析して、地裁判決に大幅に加筆しました。
・部落差別の甚大な被害について、制度上はなくなりましたが、心理的差別の根深さ、影響の甚大さの被害を明快に認めました。
・インターネットの普及により、インターネットの識別情報の適示を中心とする部落差別の事案は増加傾向にあります。実際に不当な扱いを受けるに至らなくても、不安を抱き、怯えるなど平穏な生活を侵害されることを指摘。その意義は大きいです。
・「差別されない権利」は、憲法13条「すべて国民は個人として尊重され…」、憲法14条「すべて国民は法の下に平等…」に基づく権利であると、はっきり認めました。
・プライバシー権・名誉権の侵害も、人格権の侵害と重複するものであると認めました。
・差し止めについては、地名が掲載されている41都府県を求めましたが、地裁判決より 6都府県が追加され、31都府県となりました。しかし、原告のいなかった10都府県では認められませんでした。
これは損害賠償を求める民事訴訟の限界です。河村弁護士は、この点からも、「包括的差別禁止法」の必要が痛感されると、強調されました。
・損害賠償額も、わずかに増額となりました。
2)控訴審判決の特徴
*「差別されない権利」を、正面から認めました。憲法13条、14条に由来する権利であることが明言されました。
*インターネット上での、差別情報の氾濫を踏まえた判断が行われました。
*差別の恐れは、差別者の主観によって生ずるもので、被差別部落出身でなくても、そうみなされる差別があります。「現在の住所・本籍」、「過去の住所・本籍」、「親族の現在・過去の住所・本籍」が、被差別部落にある原告まで拡大し、「系譜を有する」ことによる差別も認定しました。
6.裁判が浮き彫りにしたこと
*「人格権(人格的利益)」について…日本の民法では、被害への損害賠償は金銭賠償が原則です。例外的に認められてきたのが、「原状回復措置」で、その理由が人格権侵害です。 人格権としての「差別されない権利」の侵害が認められたら、「差し止め」を求めることが出来ることになります。
*差別と戦い続けることの重要性。
*他の「被差別」当事者との連帯の大切さ。
などです。
7.最高裁で完全勝利を
原告、被告の双方が、最高裁に上告しました。裁判の日程などは未定です。
高裁が良い判決の時は、最高裁の揺り戻しがあると言われたりします。
しかし、「差別されない権利」を高裁が認めたインパクトはあります。今後、権利内容の深化をさらに追及していく予定です。
以上のような、河村弁護士の講演は、他のいろいろな差別裁判にも通じるものがあり、 とても充実した内容でした。会場からも質問や意見が次々続き、講師からも、多様な経験をしている人と意見交換できるのが参考になり楽しいとの発言がありました。集会参加者は40名弱でしたが、活発なやりとりが行われました。
実行委員会では、「包括的差別禁止法をつろう!」に今年のテーマを絞って、パレードや集会を行っていく予定です。
(まとめ・文責 高木澄子 写真 朴金優綺)