2026年7月9日木曜日

第41回学習会の報告

 先住民族の視点から見た脱植民地主義と国連

      -包括的差別禁止(反差別)法をつくろう!-

 



主催挨拶長谷川

 


司会野平

 

上村英明さんを講師にお迎えし、上記のタイトルで、学習会を6月18日午後6時から、衆議院第一議員会館の多目的室で行った。排外主義を掲げる政党の躍進、高市政権の後退していく人権政策。大学教員・NGO活動家・前衆議院議員として、経験豊富な上村さんから是非、お話を聞きたいと企画し、実現した。

講師上村英明

 


 

<自己紹介>


会場正面に映し出られた講演のパワポの表紙の、眼鏡をかけ、あご鬚のシロクマさんがマイクを持って話す「人権シロクマヒデポン」の画は、最近のご自分のキャラだとのこと。最近はうろうろしている黒クマは撃たれる恐れがあり、白クマです、と笑いを誘い、お話は進んで行った。

20年間大学で、国際法の国際人権法を教えた。44年間NGOの活動家として「先住民族の権利主体について-アイヌ民族・琉球民族の権利回復」に取り組んだ。  活動のきっかけは、中曽根康弘総理が「日本は単一民族と言った時から。この間かなり、単一民族神話を葬ってきたかなとは思う。その後の麻生などもその神話が好き多文化・多民族社会という発想がない人たちで、現在の「日本人ファースト」につながっている。

衆議院議員(れいわ新選組)だった1年余り、内閣委員会の一般質疑でアイヌ民族に関し6回、琉球民族に関し1回、問題を取り上げたが、少数政党には配分時間が少なかった。

 

<先住民族とは>


*nativeとminorityの違いは、nativeは外からきた入植者ではなく、もともとそこに居た人たち。例えば、native taiwaneseと言えば、台湾原住民族ではなく、本省人を指す。それに対しminority=少数者は、国家の枠組みの中にいる人たちであることが前提となる。

 「先住民族=indigenous peoples」という概念は、国連に登場したのが1980年代で、脱植民地化のプログラムと関連が深い。

 各国で、土地や自然が精神性と深く結びついている先住民族の固有の政治・経済・文化の価値や権利は、いろいろな社会進化論の影響により、見えなくさせらている。  脱植民化のその恣意的な適用に対し、先住民族は植民地主義の犠牲者である、という義申立てが行われた。それは各国だけでなく、国際社会で議論されるべき人権概念であるとして、1970年代から国連人権機関で注目を集め始めていた。

 しかしそれに対して、国家、特に欧米先進諸国は、自分たちの国の存在が否定されることにもなりかねないため、この人権概念の登場には反発が強かった。

 

<脱植民地主義の試みと失敗>


 最初の試みは、第一次世界大戦後の 講和にむけ、1918年に米大統領が発表した、いわゆる「ウィルソンの14ケ条」の第5条。しかし、植民地解放も自己決定権も曖昧な表現になっている。当時、米国は中小国家で、超大国は英国とフランス。この両超大国の前で、米国ははっきり物申すことができなかった。最も 明確に実現したのが、14条目に挙げられた一般的な平和機関としての国際連盟。その中には、「委任統治」という制度があり、敗戦国の植民地を国際連盟の管理下に置く制度が出来上がった。わずかだが、一歩前進だった。

他方、1945年の国連憲章は、正面から植民地主義をとらえようとした。「人民の  同権及び自己決定の原則」が第1条2項に書かれ、第11章「非自治地域(委任統治領)」、第12章の「国連信託統治制度」が置かれた。非自治地域は、当初委任統治領の引継ぎで、信託統治は第二次世界大戦での新たな敗戦国の植民地解放を目指した。とくに、後者は、国連の監督の下で自治や独立の支援をすることになった。

第二次世界大戦は、ドイツのナチズムや日本の軍国主義による人権侵害が酷く、  国際協力の主軸に人権保障が掲げられ、その中心に自己決定権が明記された。いわゆる脱植民地化の理念が明記されたのである。

1950年代になり、その理念の実現のため、戦勝国の植民地解放プログラムが始められた。宗主国の自己申告で、植民地のリスト化である。しかし遅々として進まなかった。なぜか?自分たちは勝ったのに、なぜ不利益を被るのかという、我がままである。スペイン・ポルトガルはこのプログラムを明確に拒否した。狡猾な国もある。例えば米国は、ハワイやアラスカをリストにあげながら、その後本国から白人移民をどんどん送り込み、人口の半分以上が本国からの移民になった段階で、住民投票を実施し、本国の州として再統合された。

そうしたごたごたの中で、新しいアジア・アフリカの国連加盟国を中心に、1960年、国連で、民族自決権を明確にした「植民地独立付与宣言」が採択され、1962年には「非植民地化特別委員会」による宣言の履行監視が行われるようになった。そして、アジア・アフリカの多くの植民地が解放された。しかしそれは先に宗主国が認定した海外の植民地がほとんどであった。ここでも宗主国内の植民地いわゆる「先住民族」と呼ばれる権利主体は、脱植民地化プログラムから棚上げにされた。

 

<アイヌ民族と琉球民族、そして日本>


*アイヌ民族

 蝦夷地はアイヌ領土だったが、1869年の植民地化で「北海道」として日本に併合された。幕末の日本では、米国やオランダとの間には国境問題はないが、ロシアとの間には国境問題があった。どんどん南下するロシアに対し、日交渉で日本政府は、「アイヌは古来から日本国民」と言った。しかし、ロシア政府からは、住民登録された日本人は、松前藩領の外に居住実態があるのか、そこには国内制度が敷かれているのかと詰問した。

上村は、国会で「1869年以前は、上記の点から、アイヌ民族の土地は日本の領土ではないですね」と質問したが、政府は反論出来なかった。江戸時代の鎖国によって明確化されていた領土に、北海道島(日本の20%の広さ)がまず併合され植民地化された。土地は、移民、資本家、高級官僚に分配され、資源も収奪された。先住民族には差別的な分配が行われる一方、文化や宗教、価値観は全面的に否定され、強制同化の上に名目上の保護が行われた。植民地主義は、トップの支配者が自由に富を分配し、入植者のように、そのおこぼれに預かる人たちも多い。

 1899年「北海道旧土人保護法」が成立。その後、日本政府は1981年に、国連に「アイヌは同化が完成して消滅」と報告した。1997年「アイヌ文化振興法」が成立し、「北海道旧土人保護法」は廃止。2019年に「アイヌ施策推進法」が制定され、ウポポイという施設が作られたが、日本政府は先住民族としての権利を全く認めていない。

*琉球民族

1872年「版籍奉還」(版は土地、籍は人民で、武士のものであったそれらを天皇に返す)をして、「琉球藩」を設置した。版籍奉還により本来のヤマト民族を再統合したという名目で、琉球民族の土地であった琉球を、1879年「琉球処分(琉球併合)」により植民地化をし、「沖縄県」として日本政府の支配下に置いた。

1945年、沖縄戦で米軍の軍事支配下となり、1972年に本土復帰。その後、本土資本による開発があり、現在、米軍や自衛隊の強化により、現在も根本的な問題は、何も解決されていない。

 

<アイヌ民族、琉球民族と国連>


アイヌ民族と琉球民族の権利については、日本国内で議論をするベース・土台(その概念や法制度等)がない。そのため、国連の人権に関する憲章機関と条約機関を効果的に使うことが重要なポイントになった。

 国連には、1987年にアイヌ民族から初めて「国連先住民作業部会」に参加。琉球民族は、1996年に同じ部会に初めて参加した。先住民族に関わる国連の機関等を挙げると、憲章機関は、「国連先住民作業部会」「先住民族問題に関する常設フォーラム」がある。条約機関には、「自由権規約委員会」「社会権規約委員会」「人種差別撤廃委員会」等があり、先住民族の権利に関する特別基準も策定されている。

日本では、人権がまず言葉化されておらず、さらに一歩進んでルール化もされていない。その結果、多くの分野で、人権侵害や差別をあきらめて生きている当事者たちが多い。それを変えていくひとつの方法が、国際社会が作ったルールで自らの社会を検証することだ。先住民族の場合、上記の他にも、さまざまな「特別手続き」と呼ばれる「特別報告者(具体的には、先住民族の権利特別報告者)」や「独立専門家」などとの協力があり、その他、国連先住民族特別総会(1992年)、世界先住民族会議準備会(2013年)、世界先住民族会議(2014年)があったし、ILO条約会議などもある。

 本講義の重要なテーマのひとつ、国連勧告をどう有効に利用するかでは、まず国連人権機関やそこに集まった人材を多面的、多角的に利用することが重要だろう。

 

<先住民族の人権課題>


 2007年国連総会で採択された「国連先住民族の権利宣言」に「先住民族の人権」として言葉化され、明記されている。


① 先住民族であり、権利主体であることの確認。

ところが日本政府は、「アイヌ民族は一切の先住権のない先住民族であり、琉球民族は、先住民族の認識・権利はなく社会通念上固有の民族ではないという立場だ。

② 自己決定権を保持し、政治的・経済的・文化的権利の国際法上の主体である。
③ 土地・資源の権利を持つ。- 鉱物資源、林産資源、漁業(海洋)資源、等
④ 歴史・教育・文化・言語の権利
⑤ 国境を自由に移動する権利
⑥ 遺骨・遺品の権利(返還の権利)
⑦ 環境保護の権利
⑧ 軍隊からの自由    …などなどである。

 

<国連人権機関の勧告 その価値とは何か>


国連勧告活かすには国内の立法機関(国会)司法機関(裁判所)が、勧告を車の両輪ように動かすことが不可欠である。

① ところが、私自身の経験でも、国会議員のほとんどが、国連人権機関の役割や、   国際人権法の有効性を理解していない。

また法曹関係者も、国際法、国際人権法を学ぶ機会がない。

 さらにメディアがよくない。国会議員の経験から言えば、国会周辺のメディアは、それぞれの社の政治部記者だが、彼らは、派閥や政争、政権の動きにばかり目を向け、社会問題に基本的に疎い。NGO時代に付き合ってきたのは、社会部記者だが、社会問題への感性まだましだと思う。その意味では、国会議員の発信は市民運動と協力し、社会部を使うことだと思ったことが少なくない。

② 国連人権機関の勧告が、「法的拘束力がない」といわれる点を否定する必要がある。

国連の中で強制力があるのは、「安全保障理事会」のみと言われる。いわゆる法的拘束力だ。だから拒否権がある。しかし、人権機関の強制力は一般の法的拘束力ではない。人権機関は一般的に言論の府である。だから何度も何度も審査と勧告が繰り返される。この様式そのものが、国連人権機関の「強制力」であることを理解させる必要がある。

③ 国内機関だけでは人権は保障されない

 日本では、地裁から最高裁までの三審制があり、個人通報制度などそれ以外の制度を使うと三審制の権威が損ねられるという意見がある。人権が守られなければならないのは、制度の権威ではなく、人権を侵害された個人の尊厳だ。もちろん、ドイツやフランスにも三審制はある。しかし、ヨーロッパには、EU人権条約、EU人権裁判所があり、自国で三審を越えてEU人権裁判所へ、そして国連人権機関へと次々訴えられることで、人権が保障されている。国内だけの制度では、大きな偏見の中で人権が侵害されることがある。日本もこうした謙虚な姿勢を人権分野でももつべきだ。

 

<包括的反差別法にむけて>

 2019年に「アイヌ施策推進法」が出来たが、実効性は弱い。札幌市は今年の5月にやっと、アイヌ委員会の専門部会という形で第三者機関の設置を決めた。こうした遅れは致命的で、札幌ではアイヌ・ヘイトのイベントが繰り返されている。

 2019年に川崎市では、「人権尊重のまちづくり条例」が制定。ヘイトスピーチを罰則つきで禁止している、日本で唯一の条例。背景には、在日コリアンの人たちの運動の歴史があり、問題を知っている市職員もいる。そういう自治体では政策も進むので、自治体が専門家を育てる必要もある。

この社会で人権や人権侵害救済の議論が行われていくため、私たち市民の役割は問われている。その具体的な目的のひとつが包括的差別禁止法である。

 

こうした大切な呼びかけで講演終わった。

 限られた時間の中で、「原発の材料のウランは、先住民の人たちが採掘されていると聞く。私は原発反対です。」という質問が出た。

 上村さんは「ウランを掘り出しているのは先住民。どこでも危険な現場で働かされているのは、弱者。ウランの鉱床を知っているのは、先住民。広島・長崎の原爆のウランは、アフリカのコンゴで掘られた。最初はウランと言わず、銅を掘ると言って働かせた。

福島原発の事故があった時、政府や企業からは言われないのに、オーストラリアの住民の鉱山労働者からは、自分たちが止められなかったとお詫びが来た。先住民とウランの問題は、世界中で大きな問題。」と応えた。

 

 国会議員、自治体議員、秘書の方たちを含む70人を超す参加者。講演終了後も、参加者たちは上村さんを囲み、質問や意見交換が続いた。それだけ、関心のあるテーマであり、とても有意義な学習会だった。

 

まとめ:高木澄子  写真:石川美紀子)


2026年5月15日金曜日

第41回 学習会 先住民族の視点から見た脱植民地主義と国連

第41回 学習会

先住民族の視点から見た脱植民地主義と国連

~包括的反差別法をつくろう!~

 今年急遽決まった衆議院議員選挙は、残念ながら高市自民党政権の圧勝に終わりました。圧倒的多数を獲得した高市政権は、殺傷能力のある武器輸出を解禁する閣議決定を行い、いよいよ憲法改悪に着手しようとしています。主権在民、基本的人権の尊重、戦争放棄を柱とする憲法が危うくなってきました。

 私たち「国連人権勧告の実現を!実行委員会」は、このような情勢を受けて、「日本人ファースト」のスローガンに象徴される「差別排外主義の台頭」を許さないために院内学習会を、急遽企画しました。

 講師の上村英明さんは、先住民族の視点に立ってたくさんの著書を主筆されている方です。「先住民族の視点から見た、脱植民地主義と国連」というテーマで講演していただきます。

 広い会場を確保しています。ご友人・知人にお声かけ下さい。たくさんの方々のご参加をお待ちしています。

日時 2026年 6月18日 (木) 18時~19時30分(通行証配布17時半~)    

会場 衆議院第一議員会館 1階多目的室 (定員198人)

講師 上村 英明 さん    

うえむら ひであき:研究者、政治家、社会運動家。
衆議院議員(在任期間2024.11.1.– 2026.1.23.)。名古屋大学大学院講師、恵泉女学園大学教授、ソーシャル・ジャスティス基金運営委員長、アイヌ民族や琉球民族の先住民族としての国連を支援する市民外交センター(SGC)顧問(元代表)などを歴任。
 単著書『新・先住民族の「近代史」-植民地主義と新自由主義の起源を問う』法律文化社 2015年、共著書『マイノリティ・ライツー  国際規準の形成と日本の課題』現代人文社2024年、共著書『新国際人権法講座第3巻 国際人権法の規範と主体』<国際人権法学会創立30周年記念>近藤敦編 信山社 2024年、他著書・論文多数

参加費 無料 (申込み不要)

主催:国連・人権勧告の実現を!実行委員会
連絡先: 長谷川和男 ℡.090-9804-4196                    
Eメール: jinkenkankokujitsugen@gmail.com  
ブログ: https://jinkenkankokujitsugen.blogspot.com/

2026年1月17日土曜日

包括的反差別法をつくろう!第13回 世界人権デー集会 の報告

 包括的反差別法をつくろう!                  

13回 世界人権デー・院内集会の報告

 「国連・人権勧告の実現を!実行委員会」は2013年に発足し、それ以来、国連から勧告を受けている各テーマで、院内集会やリレートーク、デモ行進を繰り返し、人権の確立を求めてきました。10年以上取り組み続けてきましたが、果たしてどれだけ前進したのでしょうか。




安保法制が多くの国民の反対にもかかわらず、強硬採決された2015年。それ以降、軍事費は増大し続け軍拡化は進み、新たな戦前とさえ言われています。そんな状況の中で、賃金は上がらず物価高は進み、貧富の格差は広がり、人々の貧困化は進行しています。

その国民の不安と不満は、5月に発表された政府の「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」や、「日本人ファースト」を掲げる政党の躍進などにより、排外主義は進み、外国人や弱者への、差別・人権侵害は進んでいます。

実行委員会では、この2年ほど、「包括的反差別法をつくろう!」のテーマに的をしぼり、活動をしています。

2025年の第13回・世界人権デー集会は、1210日、衆議院第二議員会館で開きました。今回は、長い間、反差別の問題に取り組んでこられた小森恵さんを講師に迎えて基調講演を、さらに3人から具体的に進む問題について特別報告をして頂きました。


 基調講演  小森恵さん(反差別国際運動(IMADR)事務局長代行) 

 




「包括的反差別法」 私たちは求めます。

1948年の今日1210日は、国連で『世界人権宣言』が採択された記念すべき日です。二度にわたる世界大戦の反省として、「差別は戦争につながる」という教訓を確認したにもかかわらず、戦後もアパルトヘイトはなくならず、さらにナチズムが台頭するなど、差別を生み出す状況は続きました。世界人権宣言に法的拘束力をもたせる必要性を確認した国連は、196512月に国連最初の条約として「人種差別撤廃条約」を採択しました。それから60年が経ちました。そして日本がこの条約を批准したのは199512月であり、今年は加入30年にあたります。

2022年の世界人権デーに、国連高等弁務官事務所(OHCHR)は、それまでの経験と英知をもとに、3年以上をかけて作成した『包括的反差別法制定のための実践ガイド』を発行しました。IMADRは、この法律は日本でも必要だと考え、1年かけてそれを日本語に翻訳し、300頁にわたる『日本語版実践ガイド』を2023年に出版しました。


1.包括的反差別法は、どのような内容からなるのか

(1)「包括的反差別法」を構成する要素

 平等と無差別の保障は、国の義務です。国際人権基準はそれを求めています。

 包括的反差別法の基本要素は、差別の禁止差別の対処において包括性があることで 

 す。

  1. 差別の禁止事項の包括性

*差別の理由を限定しない。国連がこれまで各国の人権審査などを通して、差別の理由

 として確認してきた理由をすべて含みます。

*差別の多様な形態に対応する。直接差別、間接差別、そして、最近問題として確認され始めたみなし差別、関係者差別、複合差別があります。

*差別の範囲を問わないこと。国や公的機関による差別、民間における差別、私人間の差別

  などすべて含みます。また生活のあらゆる場面で起きる差別を含みます。

  1. 差別に対する措置の包括性

*ポジティブアクション/アファーマティブアクション。これは構造的な差別により生じたギャップを埋めるための措置です。同じレベルでの参加を保障するために必要とされます。

平等義務 次の4つの義務があります。

・アクセスビリティの確保。設備やサービスを平等に使えるようにする義務で、不遵守は

 差別行為です(障がい者権利委員会)。

・予防的義務。差別が発生しないよう仕組みを整える義務です。

・制度的義務。参加の平等を確保するために制度を見直し、改善する義務です。

・主流化義務。平等は当たり前という考えを、計画や政策に取り入れていく義務です。

救済の種類

・制裁-民事的制裁、刑事罰など。

・賠償-被害に対する損害賠償など。

・差別の認定-差別の認定自体が、差別被害者の救済になります。

・制度的救済-差別的な法や慣行の廃止につなげます。

・社会的救済-教育や啓発プログラムを通して差別をなくしていきます。

*救済のための仕組み

・誰でも司法にアクセスできるようにします。

・被害者個人に代わって、団体が裁判に訴えることができるようにします。

・立証責任の転換-今は、原告側が差別や権利侵害を証明しなければならず、非常にハードルが高く、そのため被告が、差別をしていないことを立証する「立証責任の転換」が必要です。

・判決の効果が、同じ差別体験をしている人たちに及ぶこと。これも大切です。

 

(2)国内人権機関/平等機関の設置の必要性

国内人権機関は、包括的反差別法に、必要な要素です。差別の被害を明らかにして救済するために、裁判も一つの手段ですが、それには弁護士への依頼も含み時間や費用がかかるなど個人に大きな負担がかかります。

一方、国内人権機関は、法律の専門家に頼ることなく、個人が差別の申立てをできます。国内人権機関は、①差別の調査や調停をして人権救済を行います。それ以外にも、②差別撤廃や人権政策の提言を政府に行います。 ③国レベルでの反差別・人権教育を計画して実施します。等の重要な役目を果たします。

裁判に訴えなくても、速やかに調査し調停や救済が行われること。それを行うために、独立した国内人権機関は不可欠です。


2.日本の現状について

 IMADRは、包括的反差別法の実践ガイドに基づいて、部落差別、在日韓国朝鮮人差別、女性差別、障害女性と複合差別、アイヌ民族差別、LGBTへの差別など7つのテーマで、ワークショップを行い、これらの差別と闘っている人たちの報告を通して、包括的に差別を撤廃するために、日本では何が欠けているのか議論をし、次のような課題があることを確認しました。そして様々な問題がわかってきました。日本には、

・平等と無差別の原則がない。←差別を定義した法律がない。

・実効的な人権教育が不在。国際人権に基づいた人権教育が必要。

・実態調査は差別対処のためには必須で、国連は繰り返し勧告してきたが実行されていない。

・ジェンダー平等の価値観の不在、著しいジェンダーギャップの存在。

・みなし差別/関係者差別を、差別一形態としての確認がない。

・複合差別の幅広い調査と法的な定義がない。

・先住性、エスニックマイノリティ概念の不在。FPIC(自由意志による、事前の十分は情報に基づく同意)が遵守されていない。

・カミングアウトを必要としない合理的配慮の必要性。

・アウティングという差別行為の理解の欠如。

  など、多様な課題について話し合われました。





3.包括的反差別法だからできること

差別の複合性、交差性に対処します。個別法では対処できない空白をうめることができます。差別はこれまでにない表れ方をします。時代の変化と共に新しい差別の理由も出てきます。そうしたことに包括的反差別法は対応します。

また包括的反差別法を制定するうえで、差別の歴史を社会全体で記憶し続ける義務をどう法律に組み込むかを考える必要があります。

差別連鎖の明確化、被差別集団内や集団間での格差や差異の解消、社会全体に影響を及ぼす差別問題への対処などです。これは重要な課題です。


4.最後に

日本は、女性差別撤廃、人種差別撤廃、障害者権利条約等、主要な国際人権条約を批准しています。しかし、これら条約を国が違反しても、個人が条約機関に通報できる個人通報は認めていません。個人通報制度を認める「選択議提書」を批准をしていません。(人種差別撤廃条約の場合は、受諾宣言)

世界には46ケ国以上に「包括的反差別法」があります。そして差別の調査や救済に欠かせない「国内人権機関」は、世界118ケ所にあります。

「包括的反差別法」を制定する取り組みに、是非『国連実践ガイド』を利用して頂きたいと思います。と話しを締めくくられた。


お話の後、短い質問時間に、「差別をする側の分析も必要ではないか」との意見が会場から出ました。小森さんは「差別を正当化する優越思想、差別を支える社会の仕組み、差別を煽る情報、これらと取り組むことが大切です。個人が差別をするというのは、それを許している社会の問題だと考えます」と応じられた。


 特別報告

1.「朝鮮学校差別問題」  宋恵淑(ソン・ヘスク)さん  在日本朝鮮人人権協会





 2010年施行の「高校無償化」は、画期的なものでした。各種学校認可を受けた外国人学校も適用対象になったからです。しかし、拉致問題などの政治的・外交的問題を理由に、朝鮮高等学校への適用は見送られました。それ以降国連の各種の人権機関からは、何度も朝鮮学校を高校無償化に適用するよう「勧告」が出されていますが、差別は続けられています。

 今年、高校無償化制度に動きがありました。自民・公明・維新の3党で高校実質無償化にむけて、25年度、26年度にかけて支援を拡大する合意が2月になされたのです。「日本人ファースト」が叫ばれた6月の参院選を経て、10月に大枠が判明した26年度からの高校無償化拡大の内容について3党の「高校無償化」に関わる実務者協議に参加していた柴山元文科大臣は、「今回の就学支援新制度の拡充は非常に手厚いため、やはり自国民を優先して、まずは行っていく必要があるのでは」、「指定する制度をいったんやめる。ただ、法律に基づかない恩恵的な措置として、これまで支援していた額相当は支援する制度に」などと発言をしており、各種学校に通う外国人は、法律ではなく恩恵的になんらかの支援が維持されるとも、あります。

 高校無償化は、子どもたちの人権問題であり、恩恵などではありません。とりわけ朝鮮学校は、日本の植民地主義のもとで奪われた、人間としての誇りや、言葉を取り戻す大切な学びの場です。

 日本の敗戦から80年で、日本政府はいったいいつまで、どれだけ深く朝鮮学校の子どものたちの心を傷つければいいのでしょうか。包括的反差別法が成立すれば、このような政府主導のヘイトは許されないはずです。

今年になって国会内で希望のもてる動きもありました。「朝鮮学校に対する公的助成の実現を目指す国会議員の会」が発足したのです。議員の会の皆さんと力を合わせて活動を拡げ、実質的な成果を得られるようにしていきたいです。

なお、高校無償化から除外された当事者たちが文科省前ではじめた朝鮮学校への高校無償化の適用を求める金曜行動が、1212日に600回を刻みます。これ以上この差別を引き継がせない、もうこの行動を最後にしたいとの思いをこめて、19日金曜日に朝鮮高校の生徒たちや朝鮮大学校の学生たちが集まって差別是正の声をとどろかせます。連帯をして下さい。


2.「入管法改悪の現状」 瀬戸大作さん(一般社団法人 反貧困ネットワーク 事務局長)





  「差別を生み出す政策にNo! 外国人の強制送還にNo!」と、活動をしています。高市政権になってから、貧困格差の問題には一切ふれていません。最近は女性、障害者そして全世代的に、貧困による困難者たちは、増えています。反貧困ネットでは、誰一人取り残さないと、取り組んでいます。昨日、今日と8人の外国人たちから、住むところを追い出され、食べる物もないという相談がきました。

5月に「国民の安全・安心のための 不法滞在者ゼロプラン」を入管が公表しました。不法と言われるルールを守らない外国人の「ルール」とは、3層あります。①刑法違反。これは日本人を含めた刑法犯のうち、わずか025%です。②一番多いのが、入管法違反です。これは、日本にきて難民申請する人たちに、特別在留許可を与えればよい問題です。③コミュニティルールやマナー違反で、住民やインバウンドの観光客による、ゴミ出しのルールや無断撮影などは、きちんと伝えればいいことです。

②が大きな問題で、反貧困ネットでは、この間続いて2回の政府交渉・院内集会を開きました。「強制送還ではなく、在留資格で子どもの権利を守って下さい!」と、国会内で、外務省、法務省、文科省の各担当者らに、子どもたち自らが直接訴えたのです。仮放免中の子どもたちは、幼少期に来日し、あるいは日本で生まれ、育ち、学んでいて、日本語しか話せません。「子どもの権利条約」を批准している日本は、どこの国の子どもであろうと、子どもの権利を守る必要があります。

難民申請中の親が入管からの出頭命令で入管に行くと、そのまま拘束され、同時に公園で遊んでいた子どもを入管職員が迎えに行き、家族で強制送還された例や、親だけ強制送還された例などあります。68月の間に119名が強制送還され、昨年の2倍になります。私たちが支援していた、50名弱が強制送還されました。ずっと共に活動してきた仲間も、いまその危機にあります。日本の難民認定率は2、2%(昨年)で、諸外国と比べすごく低いのが、大きな問題です。

入管は、クルドやアフリカの人たちが、なぜ難民として日本に滞在しているのか、きちんと調査などしていません。今後、これにきちんと反論していく運動を、やっていきます。そして、強制送還を、止めなければいけません。

もう一つ大きな問題は、働くための「技術・人文・国際業務」「経営・管理」等の在留資格があるにもかかわらず、失業すると何の社会保障もなく、非常に困難になる状況もあります。

私たちは「国籍に関わらず! 在留資格に関わらず! 日本人でもナニ人でも、ここ(日本)に生きる人として、貧困状態に置かないことを目指す」を、スローガンに取り組んでいます。  

今日これから午後7:30に、20代の女性が、事務所に相談に来ので、これで退席しますと、報告を終え、慌ただしく会場を後にされた。


.「婚外子差別の現状」 田中須美子さん(なくそう戸籍と婚外子差別交流会)





  婚外子に対する民法の相続差別規定が、20139月に最高裁大法廷で全員一致で憲法違反とされ、その年の12月に廃止されました。これによって婚外子差別法制度は廃止されていくだろうと期待しました。しかし一方ではこれによって、婚外子差別の問題は解決したかのようにとらえられてきました。

欧米諸国を始め多くの国では、婚外子差別法制度が廃止され、子どもは区別なく、「子」と規定されています。しかし日本ではそうはならず、未だに出生届での差別記載の強要や、推定200~250万人の婚外子の戸籍では、一目で婚外子とわかる差別記載がされています。更には子連れ再婚の場合、養子縁組で実母が、実子との養子縁組を強制されています。これらによって、婚外子とその母親を一段下に見、蔑んでも良いのだという差別意識を助長しています。

この結果、婚外子とその母親は、いじめられ差別され日々苦しんでいます。

私たちの許には婚外子やその母親から「いじめられてきて辛かった。自分のことを半人前と思い委縮してきた」「職場に戸籍謄本を出したところ、『ここには隠し子の母親がいる』と言いふらされ、職場をやめざるをえなかった」などの声が寄せられています。

国連人権条約各委員会から、14回にわたる婚外子差別撤廃の勧告が出され続けています。直近の2024年には「婚外子の地位に関するすべての差別的規定を廃止し、婚外子とその母親を社会における偏見と差別から保護すること」との勧告が出ました。

それに対し日本政府は、「戸籍法が、嫡出子と嫡出でない子を区別しているのは、適正に戸籍事務を行うためであり、合理的なもの。戸籍法の該当部分の改正は予定していない」という姿勢をとっています。

婚外子とその母親への差別は、戦前の家父長制度を引き次ぐものです。21世紀を生きる私たちは、もうこの家父長制のくびきから脱却し、結婚するもしないも女性の選択の問題であり、母親が非婚だからと子どもを差別する法制度は、一刻も早く廃止していかなければなりません。

 

集会には5人の国会議員が参加し、力強い連帯のアピールを頂きました。ラサール石井議員は、「差別をなくす三種の神器は、包括的反差別法、国内人権機関、個人通報制度と聞きました。任期の6年のうちに、是非国内人権機関はつくりたい!」という力強い言葉には、参加者から拍手が湧きました。議員秘書の方たち、参加者を含め、会場には100名ほどが集まりました。会場は、近藤昭一議員がとって下さいました。





 最後に参加者全員でアピール文を採択し、「包括的反差別法をつくろう!」の思いを新たにして、集会を終えました。




                            

 (まとめ:高木澄子  写真:石川美紀子)