2016年9月15日木曜日

第17回学習会の報告

第17回学習会報告

●テーマ 「国連勧告から見た琉球・沖縄-自己決定権と「先住民族」」
●講師 上村英明さん(市民外交センター代表・恵泉女学園大学教授)
●日時 2016年9月13日(火)19:00~21:00
●場所 ピースボート事務局(高田馬場)


●内容報告

はじめに

 自己決定権は人権である。しかし、日本では人権や平和に関心がある人であって
も、これを理解してもらうのが難しい。
 国連総会特別会期2014年の国連先住民族会議(於、ニューヨーク)で糸数慶子さん
が琉装をして発言をした。現在、国連では先住民族という主体を国連加盟国と対等に
どう扱うのかというポジションの検討をしている。先住民族という概念は、それほど
に強い概念だ。

1.「沖縄」に対する国連・人権勧告とは何か

 社会権規約委員会(2001年)、自由権規約委員会(2008・2014年)、人種差別撤廃
委員会(2010・2014年)より、琉球・沖縄の人々に対する法律上および事実上の差別
の撤廃、先住民族としての認定、土地および天然資源に対する権利の保障、琉球の権
利の促進・保護に関する問題についての締約国と琉球の代表との協議の強化などが勧
告されている。

2.「沖縄」に関する人権勧告の背景

1)「沖縄県」における米軍基地の問題は、反戦・平和・反基地の問題と考えられて
きた。日本全体の安全保障や環境保護の問題と考えられてきたため、人権の問題だと
は従来考えられてこなかった。

2)大田昌秀知事の代理署名拒否(1995年)と最高裁判決での敗訴(1996年)を機
に、松島泰勝さん(現龍谷大学教授・2013年に琉球民族独立綜合研究学会を設立)が
国連人権機関である国連先住民作業部会(WGIP)に参加し(1997年)、その後琉球人
の自己決定権を軸に先住民族の権利を主張する「琉球弧の先住民族会(AIPR)」が琉
球人によって結成された(1999年)。こうして、「沖縄」が国際人権上の問題となっ
た。

3.その後の動き①翁長知事の国連演説

 2015年9月22日、翁長知事が国連人権理事会で演説をした。演説時間は2分間しかな
かったため、シンポジウムも開催し、その中で翁長知事は沖縄の現状を歴史的背景か
ら考える必要性について話した。翁長知事は、菅官房長官とのやりとりで最もすれ
違った点は「歴史認識」だったと話していた。

4.翁長知事・国連演説全文(日本語仮訳)

「議長、ありがとうございます。日本の沖縄県の知事、翁長雄志です。
 私は、沖縄の自己決定権がないがしろ(neglect)にされている辺野古の現状を、
世界の方々にお伝えするために参りました。
 沖縄県内の米軍基地は、第2次大戦後、米軍に強制的に接収され、建設されたもの
です。私たちが自ら進んで提供した土地は全くありません。
 沖縄の面積は日本の国土のわずか0.6%ですが、在日米軍専用施設の73.8%が沖縄に
集中しています。戦後70年間、沖縄の米軍基地は、事件、事故、環境問題の温床と
なってきました。私たちの自己決定権や人権が顧みられることはありませんでした。
 自国民の自由、平等、人権、民主主義も保証できない国が、どうして世界の国々と
こうした価値観を共有できると言えるのでしょうか。
 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を無視して、今まさ
に辺野古の美しい海を埋め立て、新基地建設を進めようとしています。
 私は、考えられうる限りのあらゆる手段を使って、辺野古新基地建設を阻止する決
意です。
 今日はこのようにお話しする場を与えて頂き、まことにありがとうございまし
た。」

5.翁長知事・国連演説全文(英語正文)

“Thank you, Mr. Chair.
  I am Takeshi Onaga, governor of Okinawa Prefecture, Japan.
  I would like the world to pay attention to Henoko where Okinawan’s right
to self-determination is being neglected.
  After World War 2, the U.S. Military took our land by force, and
constructed military bases in Okinawa. We have never provided our land
willingly.
  Okinawa covers only 0.6% of Japan. However, 73.8% of U.S. exclusive bases
in Japan exist in Okinawa. Over the past seventy years, U.S. bases have
caused many incidents, accidents, and environmental problems in Okinawa.
  Our right to self-determination and human rights have been neglected.
  Can a country share values such as freedom, equality, human rights, and
democracy with other nations when that country cannot guarantee those values
for its own people?
  Now, the Japanese government is about to go ahead with a new base
construction at Henoko by reclaiming our beautiful ocean ignoring the
people’s will expressed in all Okinawan elections last year.
  I am determined to stop the new base construction using every possible and
legitimate means. Thank you very much for this chance to talk here today.”

6.国連人権勧告への反対運動①

 豊見城(とみしろ)市議会の決議「国連各委員会の「沖縄県民は日本の先住民族」と
いう認識を改め、勧告の撤回を求める意見書」(2016年12月22日)では、「先住民の
権利を主張すると、全国から沖縄県民は日本人ではないマイノリティとみなされるこ
とになり、逆に差別を呼び込むことになる」などという非常に差別的な内容が書かれ
ている。この動きから、同様の意見書採択の要請が現在、沖縄の全市町村に回ってい
る。

7.国連人権勧告への反対運動②

 「沖縄対策本部」というNGOができており、国連人権理事会での発言などを通じて
「先住民族勧告撤回要求活動」を行っている。
 また、宮崎政久という沖縄選出の自民党衆議院議員が「国連先住民族勧告の撤回」
のために活動している。

8.国連勧告への積極的な対応:琉球新報

 琉球新報では、「沖縄問題は民族差別」だとする佐藤優さんの主張を掲載するな
ど、積極的に国連勧告に対応している。

9-10.先住民族の権利とは何か?

 先住民族と一口に言っても、簡単に定義できるものではない。国連の「先住民族の
権利に関する宣言(Declaration on the rights of Indigenous Peoples)」(2007
年採択)では、様々な権利を失った人たちとされている。自己決定権、同化を強制さ
れない権利、教育の権利、伝統医療と保健の権利、土地・領域(土)・資源に対する
権利、国境を越える権利など。
[参考]
先住民族の権利に関する国際連合宣言(市民外交センター訳)
http://goo.gl/F5YpZA

11.「人民の自己決定の権利」とは?

1)「人民の自己決定権利」=the right of peoples to self-determination
 1945年の「国連憲章」において、「人民」が国際社会の主体になった。それまで
は、主体はnation=ヨーロッパ型の政治システムを持った集団であった。

2)人権の土台としての「人民の自己決定権」
 1966年採択の「国際人権規約」(自由権・社会権規約)の第1条1項で「すべての人
民は、自己決定の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民はその政治的地位
を自由に決定し、並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追及する。」と
定められ、個人の人権の土台に自己決定権が想定された。

3)「人民の自己決定権」を行使する主体の認定
 「人民の自己決定権」を不当に奪われた人々の権利回復や「植民地」の解放=脱植
民地化に関するもの。

12.植民地解放(脱植民地化)と先住民族
*「歴史的不正義」(植民地支配)にどう向き合うか

1)日本政府の基本的姿勢
・第2次世界大戦の敗戦によって、すべて放棄
・過去のことは水に流して、「現実的に」「未来志向で」
⇒「植民地支配」という「歴史的不正義」を忘却する…

2)脱植民地化への国際的な流れ
・1918年 植民地解放という政治的課題:「ウィルソンの14カ条」
・1945年 国連憲章での明記(「非自治地域」及び「信託統治」)
・1960年 植民地独立付与宣言=脱植民地化の強化、促進
 ⇒宗主国の恣意的な操作によって公正さに欠ける
・1980年代 公正な脱植民地化実現のための「先住民族」問題の登場

13.琉球併合の検証:合法か非合法か

1)琉球近代史の再検証
 「琉球国」は西欧や中国と対等な国家として振舞っていた。中国とは「朝貢体制」
にあった。1879年、国際法(ウィーン条約法条約)に違反した日本への武力併合が行
われ、その後、理不尽な植民地政策が行われた。戦前に国内行政制度を実施せず「沖
縄県政」による支配をし、1920年代の「ソテツ地獄」のように琉球経済を植民地化し
た。また「方言札」「改姓改名運動」など、皇民化政策と差別を行い、沖縄戦では
「沖縄語を話す者はスパイとみなせ」とされながら住民虐殺が行われた。そして1945
年ニミッツ布告(旧琉球王国領における日本の行政権の停止=琉球の分離)により、
米軍軍政下へ分離された。

2)戦後の沖縄史への継続
 基地用地が接収され、軍事基地が建設された。

14.琉球王国(1429年~1879年)の存在
(写真説明。首里城の屋根の上にはシャチではなく龍が飾られている。中国の影響)

15.琉米修好条約の締結(1854年)

(写真説明。琉球政府は中国語を使って条約を作成した)

16.日本による武力併合と支配(1879年)

(写真説明。首里城は日本軍により包囲され、琉球国の廃止後、首里城は軍事基地と
された)

17.改正改名運動(1940年代)

(写真説明)沖縄には帝国大学が設置されず、本土の大学に進学する際に日本人に読
みやすい名前に変えさせられるなどの「改姓改名運動」が行われた(例:「東恩納
(ひがおんな)⇒東(あずま)」「知念(ちねん)⇒本田(ほんだ)」など)。

18.戦後、米軍による「琉球」の分離

 (写真説明。米軍統治時代に分離された南西諸島は、ほぼ旧琉球王国の版図[1946
年1月29日⇒1972年5月14日]。「米軍の沖縄占領は両国の利益になる」という主旨の
天皇メッセージ(1947年)の存在)

19.自己決定権をめぐる動き:2015年

 琉球新報の連載と出版(6月)、国際シンポジウム「道標求めて―沖縄の自己決定
権を問う」の開催(2月)。
[参考]
琉球新報社・新垣毅『沖縄の自己決定権 その歴史的根拠と近未来の展望』
http://www.amazon.co.jp/dp/4874985696

20.「琉球」の論理の転換と市民の動き

1)新しい市民・社会運動の視点
・1999年2月 「琉球弧の先住民族会」の設立
・2013年5月 「琉球民族独立総合研究学会」の設立
・2014年5月 琉球新報社による「琉球の自己決定権キャンペーン」
・2014年7月 「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」の設立⇒「島ぐるみ
会議」が翁長知事の推薦団体であり、「オール沖縄」の土台

21.さいごに:「琉球人」に自己決定権があれば…

 「日本」と「琉球」は対等であり、「琉球人」には固有の歴史、文化を守る権利が
ある。自己決定権の基本的な意味は、他の者が代弁してはならないということである
から、「日本政府」は「琉球政府」の代弁をできない(平和や反戦という視点でみる
と、運動家も代弁しがちになるが、自己決定権の視点でみると代弁はできない)。
「琉球」の空間・土地・資源には「琉球人」の基本権があり、「琉球政府」には、基
本的な内政・外交権がある。脱植民地化とは、歴史的正義の実現であり、「琉球人」
のアイデンティティを確認することは、本来の多様な社会の実現へとつながる。

●質疑応答・意見

1.自己決定権という言葉が非常に重いということがわかった。現在、恣意的拘禁の
作業部会の日本訪問に向けて活動しており、私たちも自己決定権という言葉を使った
りするのだが、恣意的拘禁の問題と自己決定権の関わりについて意見を聞かせてほし
い。
 ⇒自己決定権という権利はとても重要な権利であるし、その言葉の性質上広範囲に
使える言葉。もともとは、国家をつくることのできる権利を意味するが、どんどん
使ってほしい。恣意的拘禁の問題についてはあまり分からない。

2.本日話された内容にはとてもシンパシーを覚えるが、実現可能性で考えると、た
とえば土地や資源の権利については、ハードボーダーに基づいたものが国だと考える
とき、それと両立するのか?
 ⇒1997年当時は、松島さんしかこの問題の意味を分かっていなかった。それが2015
年、翁長知事は市民外交センターというNGOの枠を使って発言した。こう考えると、
1997年に比べるとかなり広がってきたと思う。
たとえば最近では、王子製紙や日本製紙などの企業が、正しい森林資源の活用をして
いる企業がもらえるFSC(Forest Stewardship Council)のマークをもらうために、
アイヌ民族と話をしなくてはいけないという流れが出てきている。なぜなら、先住民
族の権利を侵害して森林を伐採すると違法伐採になり、FSCのマークをもらえないた
め。今まででは考えられないような動きである。
歴史的な正義を日本では軽視しがち。しかし、正しいロジックで正しいことを主張す
る。原理原則を大事にしながら、応用もしっかりやっていけば、時間はかかっても可
能性はあると思う。

3.2007年の先住民族権利宣言が出たとき、琉球の問題はどう扱われたのか?
 ⇒沖縄の人々がこのレベルで考えるというのはハードルが高かった。琉球には独自
の新聞や大学、弁護士がおり、アイヌの人々に比べたら潜在的な力がある。しかし、
いろんな人がいるぶん、どういうポイントで主張や運動やっていくかというところで
揺れる。アイヌ民族は、民族としてのアイヌが存在し、それが否定されてきたという
点に関してはブレない。
 大いに協力しているが、島袋純さんというスコットランド研究者は、琉球という
「地域」に、スコットランドと同様に本来自己決定権があったという主張をされてい
る。

4.国連加盟国と先住民族が対等になっている例はあるのか?
 ⇒先住民族は自治権を超えた権利を持っている。加盟国とNGOの間に微妙なステー
タスがあり、たとえばパレスチナ解放機構(PLO)や赤十字国際委員会(ICRC)は、
NGOを越えて、政府のようなステータスを持っている。北欧のサーミ民族はサーミ評
議会を持っていて、それは4つの国境を越えており、4つの国と5つの政府があると
表現される。そうすると、NGOよりも強い政府に近い地位を与えなくてはいけないの
ではないかという議論が出てきており、まさにこれが現在の国連と先住民族の大きな
課題となっている。

5.今月16日に代執行訴訟の判決が出るが、展望は?
 ⇒日本の司法に対しては悲観的だが、司法の機会を使っていくことは大事。たとえ
ばアイヌの二風谷ダム裁判は、札幌地裁の裁判官に資料をたくさん渡して、すごく勉
強してくれた結果、負けると思っていたが勝った。判決では、本来のアイヌの土地に
日本の統治が入ったという事実を認めた。可能性はあると思っている。