第14回学習会の報告
第14回学習会は、荒牧重人さんをお招きし、23名の参加者を集めて開催された。その概要を報告する。
1 子どもの権利条約の批准とその実現状況
(1)条約批准後の状況
子どもの権利条約が国連で全会一致により採択されて以降、日本では条約の早期・完全批准を求めている取り組みがなされた。専門家やNGO等は、条約の求める内容で立法するとともに、条約に反する法律の廃止、さらに制度の構築等が必要であることを個別具体的に指摘した。例えば『解説 子どもの権利条約』(日本評論社)という本にその詳細がまとめられている。
子どもの権利条約の批准時、「児童」とするか「子ども」とするか議論があった。国際的には1970年代から1980年代にかけて、「子ども」は保護の対象から権利の主体へと認識が発展し、これを受けて、条約の訳語においてもそれに対応した概念として「子ども」という語を使うことを求めていたが、結局「児童」とされてしまった。ただし、広報普及においては「子どもの権利条約」でもよいとされた。
子どもの権利条約42条には、この条約の趣旨を子どもにもおとなにも徹底することが定められている。そうしなければ条約は実現しないという趣旨だが、当時の文部省は、「条約によって立法や制度は変わらない」「児童・生徒に関する規則等は学校が決めること」「日の丸・君が代の取り扱いも変えない」旨の通知を発出した。さらにリーフレットを100万部作成したが、権利に伴う義務を強調するとともに、条約は途上国向けであることをアピールした。
(2)条約の20年-法を中心に
条約批准後の20年間で、児童ポルノの禁止、虐待防止、児童福祉法改正、子ども・若者育成支援法など、一定程度条約を反映した立法・改正はなされてきた。家事事件手続法においては、離婚時などに子どもの意見を聴くよう定められている。なかでも、子ども・若者育成支援法は、子どもの権利条約に言及があり、子ども・若者施策の策定においては子ども・若者の意見を反映するよう規定され、その法律の下で子どもの権利の視点を含んだ「子ども・若者ビジョン」が策定され、「白書」も作成されている。ただ現在、条約の趣旨とは異なる「青少年健全育成法」も提言されており、今後の状況に注目しておくことが必要である。
その一方で、教育基本法が2006年に全面改定された。教育基本法は、1947年、憲法に則って教育を権利として保障するために制定されたが、2006年の改定では、国民をコントロールするための法律にその基本的性格が変えられた。例えば、改定後の教育基本法2条の各項目において、それぞれ「態度を養うこと」が書き込まれているが、このような目標を法律に規定することには大いに疑問がある。
また、少年法も2000年に厳罰化、刑事司法化の方向で改定された。改定前は、子どもの権利条約37条および40条等に即したかたちで機能していたが、厳罰化・刑事裁判化がすすめられた結果として、条約の規定とはかけ離れてしまっている。
いじめ防止対策推進法についても、いじめる側といじめられる側の単純な対立構造のもと、いじめる側には厳罰をというような基本的枠組みになっており、子どもの権利の視点や方法が欠如していると言わざるを得ない。
本来、子どもや教育関係の法律は、憲法と条約の双方に適合的でなければならない。教育基本法も同様に、適合的な解釈・運用が求められるはずだ。また、教師の教育の自由も、子どもの権利の観点から構築し直す必要がある。
(3)自治体における取り組み
条約の実施という点では、自治体レベルの条例の制定や計画の策定に進展が見られる。子どもの権利を総合的に保障しようとする条例を制定している自治体は、川崎市をはじめ多治見市、豊田市、目黒区、世田谷区、札幌市など、40自治体に及ぶ。また、子どものSOSを公的第三者機関が受け止め救済にあたる仕組みとしての「子どもオンブズパーソン制度」を設けている自治体も30程度ある。この「子どもオンブズパーソン制度」は、調査・勧告・制度改善提言等をする権限を持ち、子ども固有の権利救済機能を果たしている。この自治体レベルの取り組みは着実に進展しているといえ、条約の実践事例を紹介する際にも、国外の事例ではなく、自治体の事例で説明ができるようになっている。
(4)世論の動向
もっとも、世論では、子どもの権利を強調すると、「わがままになる」「義務を教えるべき」などの声がなお根強い。子どもの権利について知り、考え、行動する機会が圧倒的に少ない状況である。
しかしながら、「人権を守る」ことが社会の基本ルールであり、子どもの権利に対応するのはむしろ、国や自治体あるいは親等による子どもの権利を保障する義務である。そのことは、憲法で保障されている人権が憲法上の「義務」と対応しないことからもわかるであろう。わたしたちは、お互いの権利を尊重するから自由でいられるのである。子どもの権利・義務の問題は、他の人の権利を尊重しながら自分の権利を行使できるようになるスキル、お互いの権利がぶつかったときに調整できるスキルを身につけることが必要である、と考えるべきだろう。
子どもの権利の基本はいのちの権利、そして成長・発達にかかわる権利である。子どもが本来持っている権利を、おとなの無理解や無関心で奪ってはならない。感情論ではなく、リアリティを持った議論、具体的な場面での議論が大切である。
子どもの状況、子どもを取り巻く状況はこの20年間でむしろ悪化しているといえる。危機感は増しているが、悲観はしていない。
2 条約の意義と内容の再確認
(1)条約の位置づけと内容
子どもの権利条約の実施・普及においては、条約についての認識を共有することが重要である。
まず、子どもの権利はもともと子どもの現実から出発していることに留意する必要がある。国際的な子どもの権利の取り組みは、子どもを戦争・紛争の犠牲者にしないという決意と取り組みから始まった。また、日本では、「貧困」に対する取り組みを中心に始まったといえる。子どもの権利は、21世紀の国際社会および日本社会の子どもをめぐる現実からしても、必要かつ重要な考え方・視点である。
条約は、子どもの権利保障についての世界共通基準・グローバルスタンダードであるという認識が必要である。
そして法的な位置としては、日本国憲法よりは下位にあるが、法律よりは上位の規範である。しかも、条約の規定は国会・政府によって変更できないし、国際社会における条約の受け入れ状況からしても批准の撤回は無理である。条約に反する法律や行政は変えなければならない、国会は条約が求める立法を制定する、行政は条約を実施する義務を負う、裁判所は条約を裁判規範として援用しなければならないのである。また、国際的には、自治体もローカルガバメントとして条約実施の「主体」である。子どもに関連する法令は、条約と「適合的に」解釈・運用されなければならない。
条約の内容上では、子ども観、とくに子どもを権利の享有・行使の主体として捉えていること、差別の禁止・子どもの最善の利益・いのちの権利・子どもの意見の尊重を一般原則にしていること、子どもが人間として成長・自立していく上で必要な権利を総合的に保障していることなど、子どもにかかわる立法・行政・司法あるいは取り組み等に活かせる、活かすべきものになっている。
また、市民社会においても、子どもに対する向き合い方、活動の在り方を示す社会規範としての意義を持つ。
さらに条約の実施については、国連・子どもの権利委員会等による国際的チェックを受ける。条約の解釈・運用は、条約が設置した国連・子どもの権利委員会の、とくに一般的意見や総括所見を踏まえて行なうことが求められるのである。
わたしたちは、これまでの取り組みや活動をもとに、条約を理念にとどめず、具体的かつ実践的に理解し、共通認識にしていくことが大切である。
(2)条約の子ども観と基本原則
条約を理解する上でとくに大切なこととしては、条約は生まれる環境を選べない子どもが一人の人間として成長・自立していくために必要な権利を含んでいる点である。また、条約は理想を定めているのではなく、現実の子どもの問題を権利の視点で解決していく。したがって、条約は「開発途上国むけ」という認識は制定過程、規定内容、実施状況からして誤りである。
条約は、これまでの子どもを専ら保護の対象としてきた考え方を転換し、子どもを独立した人格と尊厳を持つ権利の享有・行使主体としている。「子どもだから」「心身ともに発展途上にある」として子どもの市民的権利等を制限することは、かえって子どもの成長や自立を妨げると考えている。また、条約は、子どもをおとなと同じように取り扱うことを求めているのではなく、子ども期にふさわしい、より手厚い権利保障を要請している。
条約の一般原則は次の4つである。この原則に基づいて条約全体を解釈・運用することが求められている。
・2条:差別の禁止
民族的出身や障害も含んでおり、規定は手厚い。差別にもきちんと対処し、不平等な状態を平等な状態にすることが目指されている。
・3条:子どもの最善の利益
原文では「best interest of the child」。子どもにかかわるあらゆる活動において、子どもにとってもっともよいことを基準におくとしている。この規定は12条と密接不可分な関係にある。
・6条:子どもの命の権利
いのちを得て、生存(survival)・発達する権利。
・12条:子どもの意見の尊重
これらの一般原則をもとに、条約は総合的に(医療・健康・福祉・教育・文化・労働・社会環境・少年司法等)、継続的に(生まれてから18歳まで)、そして重層的に(家庭・学校・施設/市民社会/自治体・国/国際社会、そして子どもを支援する人たちに対する支援を含む)権利保障に取り組むことが求めている。
条約の適用にあたっては、「自国籍」の子ども、自国社会で生活する多様な文化的背景・国籍を持つ子ども、国外の子ども、いずれの権利保障も大切である。「恩恵的な・チャリティ的な」国際協力から「権利保障」としての国際協力が必要である。
3 国連・子どもの権利委員会の勧告と日本
(1)日本報告審査
日本国は、1994年に批准した後、国連・子どもの権利委員会において、1996年に第1回目の審査、2001年に第2回目の審査、2008年に第3回目の審査があった。次回は、2016年5月までに、第4回・第5回目審査の統合報告書を提出することになっている。
政府報告書は、他の人権条約と同様に、総じて次のような問題点がある。①定期的報告制度を活用し、条約を効果的に実施しようとする基本的な姿勢が見られない。②委員会の総括所見に誠実に応答していない(このことは第2回・第3回総括所見でも指摘されている)。③条約に関する基本的理解が不十分である。④「子どもの権利基盤アプローチ」がふまえられていない。⑤法制度の説明が多い一方で、重要なデータが欠落しており、子どもたちの実態や施策の効果が見えない。⑥自治体の取り組みを活かそうという視点がない、などである。政府報告書の内容や審査の対応等を見ると、条約を真面目に活かそうという姿勢が十分に見られない。
それに対して、NGOレポートでは、①政府報告書の問題点(「総括所見」の「懸念」に該当する部分)、②権利侵害等の実態とその背景・要因、③政府・国に対する提言(「総括所見」の「勧告」に該当する部分)、について簡潔に提示してきた。
国連・子どもの権利委員会の委員のレベルは必ずしも高いとは言えず、またレポートもたくさん出されペーパーワークも非常に多いため、NGOはレポートを出すだけでなく、ジュネーブでしっかりとロビイングをする必要がある。また、勧告が出されたら、政府(各省庁)へ履行の組織的な対応を含め実施に向け具体的な施策・措置を求めるなど、しっかりとフォローアップし実現にかかわっていく必要がある。
(2)第3回総括所見(括弧内はパラグラフ番号)
第3回総括所見において、「懸念」よりも強く「遺憾」に思われている事項は、留保の撤回(9)、独立した監視機構(17)、企業セクターに関する情報(27)、保健サービス(62)、少年司法(84)等である。また、「強く勧告」されている事項は、権利の包括的な法律(12)、資源配分(20)、体罰の法禁(48)である。
また、これまでよりも踏み込んだ詳細あるいは具体的な勧告内容としては、出生登録・国籍(45・46)、体罰をはじめとする子どもへの暴力の禁止・防止(47~49)、子どもの代替的養護(52~55)、障がいのある子ども(58~61)、少年司法(83~85)などがある。「子どもの貧困」・格差および家庭環境の問題に焦点が当てられたことも特徴の一つである。
国家的な行動計画(15・16)、資源配分(19・20)、データ収集(21)、家庭環境(50・51)、メンタルヘルス(60・61)、十分な生活水準に対する権利/子どもの扶養料の回復(66~69)、マイノリティ・先住民族の子ども(86・87)など。
総括所見の実施に向けて、総論的にいえば、以下のような点が必要である。
・子どもの権利に関する包括的な法律の制定(11・12)
・子ども施策を効果的かつ総合的に調整・推進するための政府組織の設置(13・14)
・条約のすべての分野を網羅した子どものための国家的な行動計画を、自治体・市民社会および子どもを含む関係パートナーと協議・協力をしながら策定・実施すること(15・16)
・条約の効果的な実施を促進あるいは監視する体制、および子どもの権利救済のための独立した機関の設置(17・18)
・子どもの権利を実現する国の義務を満たせる配分が行われるようにするため、予算を子どもの権利の観点から徹底的に検討すること(19・20)
・子どもの実態および子ども施策・活動に関するデータを条約が対象とするすべての分野で適切かつ的確に収集し蓄積すること(21・22)
・子どもおよび子どもにかかわる活動をしている者に対する広報・研修・意識啓発(パラ23・24)
・今回の総括所見を誠実に履行し、条約の効果的な実施を推進するための国会、政府のシステムづくり、さらにNPOや専門家との協働をすすめること(パラ25・26)。
第3回総括所見で指摘されたように、これまでの日本政府は、2回の総括所見に対し、誠実に応答しているとはいえないし、実際にその多くを実施していないと見られている。第4回目の総括所見も同じような道をたどることのないよう、日本政府は国会議員やNGOを含めて審査や総括所見のフォローアップシステムを構築すること、そのうえで第4回~5回統合報告書の作成・提出や審査での対応が求められている。
4 おわりにかえて
NGOとしては、これまでの取り組みの「効果・成果」を形にしていくことが重要である。活動によって実現したこと、あるいは、よりマイナスになる事態をくい止めていることや防いでいることなどについて、ことばや文字にして、共有することが大切である。課題を挙げていくことも大事だが、一方できりがないことも事実なので、「効果・成果」の共有が大切である。
そのためにも、子どもの権利条約の内容・意義を改めて確認して普及していくことが求められている。理想と現実に差があるからこそ、子どもの権利という視点が必要で、例えばおとなと子どもという関係などにおいても自覚的であることが要請される。子どもの権利は子どものエンパワメントにもつながっていく。
また、条約を「法規範」にしていくことが必要である。条約は立法をどのように拘束するか、どう法律の条約適合性を判断していくかなどを慣行化し、立法上はどうなったら実現したと言えるのか、提示することが求められる。政府・行政に対しても、どうすることが条約上の義務を果たすことになるのかを示す必要がある。裁判においても、条約を持ち込み、いっそう効果的に活用していくことも必要である。とりわけ、総括所見の持つ意味を明らかにし、具体化していかなければならない。
条約第41条(既存の権利の確保)等もふまえ、憲法を含む国内法と批准した人権条約等を総合的に検討して、最も有効な子どもの権利保障体系を構築することが理論的にも実務の上でも求められている。
これらのためには、NGOとしても、声を出して動き、ネットワークを形づくっていく必要がある。